【 母の遺骨との一人旅 】

18年前に書いた記事です。
懐かしかったのでこちらでもシェア致します。


〈当時の投稿記事より〉


私の母は平成五年の春風もまだ寒く感じるころに、まだ五十九歳という若さでこの世を去りました。
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二十四年前、ベトナム戦争終戦の一週間前に、サイゴンからまだ一歳になったばかりの私を背に、単独で日本へ渡来。以降、父の仕事によって東南アジアを転々としたものの、後半はずっと日本での生活を、言葉や文化の壁を乗り越えながら頑張ってきました。そんな中での母の突然の病死。やっとベトナムに帰れるというのに、倒れたのが日本を発つ二週間前。それも荷造りやチケットなどすべてそろった中での出来事でした。

とても悔しい思いをしたのを今でも鮮明に覚えています。でもそれよりももっと悔しかったのが、その後行われた葬儀です。母にはたくさんの友人と呼べる人がいたのにもかかわらず、当日は二、三人しか来てはくれませんでした。この現実に私はただただ呆然とするしかなく、人間の裏と表の顔を見せつけられた出来事でもありました。

そして二ヶ月後、そんな複雑な想いを胸に抱きながら、私は父と遺骨になってしまった母の三人で東京へ。新幹線の中、母の遺骨が入っていた木箱を膝にのせ、母の代わりに日本での最後になる景色を静かに眺めていました。父との会話は全くと言っていいほど無く、周囲の騒音だけが流れていました。

東京駅に着き、そのまま成田へ。

成田に着くと、それまでにあったいろんな出来事や思い出が、走馬灯のように駆け巡りました。昭和四十七年に初めて日本の土を踏んで二十一年、こういった形で日本を離れるなど誰が予想できたでしょうか。

とても静かなお別れでした。

すすり泣く父を背に、私はそれまで首に白い布で下げていた母の遺骨を慎重にリュックに入れ、何度も父に手を振りました。父の姿が見えなくなっても、それでも私は手を振りました。そうすることによって少しでも自分の気持ちにゆとりを持たせたかったでしょう。しかし、歩く度に母の苦労や寂しさ、悲しさが頭の中を駆け巡り始め、母の遺骨がとても重いものに思えてきたのです。

ようやく自分の座席に着き、腰を下ろしました。一人分しか座席をとっていなかったため、私は小さく手を合わせた後、リュックを自分の足元に置きました。周囲ではまだ自分の座席を探している人たちばかりで騒々しかったのです。

そして、シートベルト着用のランプが点くと同時に、スチュワーデスの皆さんが各列ごとに点検をし始めました。そして、一人のスチュワーデスが私の足元に置かれていたリュックに気づき、私にそのリュックを上の棚に置いたらどうかと尋ねてきました。
私はとっさにリュックの中身の事情を話すと、一瞬顔つきが変わったものの、笑顔でその場を去りました。そうしてしばらくすると今度は機長らしき人物と二人で現れました。正直に言うとその時私は、母の遺骨のことで何か言われるのではないかと内心思っていました。
すると機長が、
「今回は特別なお客様のために席を別のところで、二つ用意させていただきましたので、そちらの方へお移りください」
驚きました。

とても感動しました。

私のそれまでの複雑な思いが、この一言ですべて消えたのです。

移った席はちょうどスチュワーデスの座る座席の正面でしたが、嫌な顔ひとつすることもなく、むしろ丁寧に扱ってくれました。そして、サイゴン市の玄関口でもあるタンソンニャット空港に着くと、皆さんで私に励ましと温かい言葉をかけてくれました。ただ一つ心残りだったのは、その時の私は自分のことで頭がいっぱいで、きちんとしたお礼をできないままその飛行機を降りたような気がします。今思えばその時に名札の確認だけでもしておけばよかったと後悔しています。
そして、私は降りてから振り返り、ずっとその飛行機を眺め続けていました。飛行機が見えなくなるまでずっと見つめ続けました。

この一件により私は今までのことに対し、少しばかりではありましたが許せるようになったのは言うまでもありません。それまでの二ヶ月は迷いばかりでした。本当に母の遺骨をベトナムに連れていってよいものなのか、何度も父と話し合い、眠れない日々もありましたが、一気にふっ切れました。

それから三年ほど月日がたち、一つのあるニュースが私を震え立たせたのです。それは今でもまだ記憶に新しい香港の中国返還というニュースでした。焦りました。というのも、三年前、母の遺骨と共に乗ったのが香港のキャセイパシフィック航空だったからです。私はすぐに今までの自分の胸の中で温めていた感謝以上の思いを電話で伝えました。

一日でも忘れることのなかった出来事を心の支えとし、これからも一生忘れることはないでしょう。母もきっと天国で私と同じ想いでいると思います。
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あの時、あの便に乗っていたキャセイパシフィック航空の皆さん、本当にありがとうございました。
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by ninastone | 2016-05-22 19:55