【 いざ、お江戸へ 】〜 10月29日編 〜

杜の都・仙台在住、
石のお医者さん・柴田日南です。






朝、起きると長女がトロフィーを見せてくれました。
b0367250_01323506.jpg

どうやら会社内で営業成績一位を取ったとのこと。
社員数120名とはいえ、長女自身の努力の賜物です。


感無量。
まだまだ、母親として応援し続けます。





そして今回のお江戸入り二つ目の大きな目的がこちらです。


一部の方もご存知頂いてるように、私は亡き母より受け継ぎしベトナム王室の末裔という血筋のもと、「石を本来の状態に戻す能力者」として東北・仙台を拠点に石のお医者さんとして口コミのみで生きた石・Nina Stone( 守り石 )を日々紡いでおります。

今の私が存在するのも、以前タマラさんよりこの能力を的確に見抜いて頂いたからこそ。
タマラさんとの時間はいつもたくさんの感謝と気付きを沢山頂いております。




そんな中。
私の身体が悲鳴をあげ始めました。
b0367250_01323650.jpg

Nina Stone を紡いだり、陰の状況に自分が置かれると写真のように蕁麻疹が頻繁に出るようになったのです。




〜 やはり生身の身体だから? 〜

〜 いや、このまま諦めるわけにはいかない。 〜





という訳もあり、以前より何人かの方より勧められた『 ミラクルカンバセーション 』を受けることを決意しました。


ちなみにこちらがビフォーの写真。
b0367250_01323885.jpg


そしてアフターです。
b0367250_01323963.jpg


如何でしょうか?


正直、何とも不思議な時間でもありました。

彩さんからのメッセージも今一つ実感には程遠いものがありますが、胸にしっかりと受け止めて生きたいと思います。

タマラさん、彩さん、本日もありがとうございました。
地に足を踏み、今まで以上に邁進して生きます!



最後に礼子さんからの勧めもあってカードを引き、メッセージを頂きました。
次にカードを見ずにイメージだけを捉えたのが『 水 』と『 流れ 』の二つのキーワード。

〜 これも何かであろうな、と。 〜






さて、会場を出てから最初に気になった場所がこちら。
b0367250_01324057.jpg

震災記念堂 東京都慰霊堂 由来記

 顧れば1923(大正12)年9月1日突如として関東に起こった震災は東京市の大半を焦土と化し、5万8千の市民が業火のぎせいとなった。このうち最も惨禍をきわめたのは陸軍被服廠跡で、当時横綱町公園として工事中であった。与論は再びかかる惨禍なきことを祈念し慰霊記念堂を建立することとなり官民協力広く浄財を募り伊東忠太氏等の設計監督のもとに1930(昭和5)年9月この堂を竣成し東京震災記念事業協会より東京市に一切を寄付された。
 堂は新時代の構想を加味した純日本風建築の慰霊納骨堂であると共に、広く非常時に対応する警告記念として、亦公共慰霊の道場として設計された三重塔は135尺基部は納骨堂として5万8千の霊を奉祀し約200坪の講堂は祭式場に充て正面の祭壇には霊碑霊名簿等が祀られてある。
爾来年々祭典法要を重ね永遠の平和を祈願し「備えよつねに」と相戒めたのであったが、はからずも1944(昭和19)、45(昭和20)年等にいたって東京は空前の空襲により連日爆撃焼夷の禍を受け数百万の家屋財宝は焼失し無慮十万をこえる人々はその難に殉じ大正震災に幾倍する惨状を再び見るに至った。戦禍の最も激じんをきわめたのは45(昭和20)年3月10日であった。江東方面はもとより全都各地にわたって惨害をこうむり約7万7千人を失った。当時殉難者は公園その他130ヶ所に仮埋葬されたが48(昭和23)年より逐次改葬火葬しこの堂の納骨堂を拡張して遺骨を奉安し、51(昭和26)年春戦災者整葬事業を完了したので東京都慰霊堂と改め永く諸霊を奉安することになった。
横綱公園敷地は約6000坪、慰霊堂の建坪は377坪余、境内には東京復興記念館中華民国仏教団寄贈の弔霊鐘等があり、又災害時多くの人々を救った日本風林泉を記念した庭園及び大火の焔にも耐え甦生した公孫樹を称えた大並木が特に植えられてある。

 1951(昭和26)年9月 東京都



建物の中に入ると、右側には天災の絵が。
b0367250_01324101.jpg

左側には人災の写真がずらりと並んでいます。



中央には焼香台が。
賽銭箱がありますが、これは、灯明代(30円)を入れるためのものでしたので私は8本のロウソクを立て、ゆっくりとご焼香してきました。

しばし「 無 」の気持ちでその場に立ち竦んでいました。





そろそろ場所を変えよう。




しばらく歩き出すと次に目に付いたのが、『 の、流れ 』と描かれていた一枚のパネル。


〜 そういえば、先ほど「 流れ 」と思い浮かんだ私がいたな。 〜



まるで誘われるかのように中に入るとそこには可愛らしい模型が。
b0367250_01324182.jpg

『 墨田区のシンボルである隅田川や、墨田区の歴史などを踏まえながら、わたくしたちが生きる社会を取り巻く都市や時代「の、流れ」を考え、建築設計事務所ならではの新しい川の魅力を生かしたまちづくり 』に関する展示が行われておりました。

〜 川も水だな。 〜





ゆっこさんが時間を作ってくださり合流。
二人でいざ海ほたるへ!
b0367250_01324210.jpg

壮大な母なる海が一体に!


〜 まさに海も水では? 〜




お腹が空いたので遅めの昼食を。
b0367250_01324321.jpg

こちらの生姜焼き+あさり汁の定食をチョイス。
ゆっこさんもどうやら私に勧めたかったみたいで、まさに以心伝心!
素晴らしい!




さて、今夜の深夜便で仙台に戻らないとなりませんのでいざ池袋サンシャインへ。
b0367250_01324496.jpg

するとOmura家の皆さんもがお見送りにわざわざ千葉から駆け付けてくださいました!
石を介してのメッセージもしっかりとお伝え出来て良かったです。

( 最後の最後に、何故か外国人より道を聞かれ、なんとか対応出来ましたが…改めて英会話で始まって、英会話で終える旅でもありました!)



全てに感謝!



またまた胸いっぱい、感無量な今回のお江戸の旅も23時30分出発の深夜バスと共に無事終えることが出来ました。



どれもが必然に感じた二日間でした。
本当に本当にありがとうございました。






本日も最後までお読みくださり、大変光栄に感じます!
Cám ơn nhiều!
[PR]
by ninastone | 2016-10-29 21:10