2018年 02月 07日
【 いざ、名古屋へ 】 〜 2月7日編 〜
尾張本国帳には、「 泥江縣天神 」とある
社伝によれば、清和天皇の貞観元年( 八五九 )に、豊前国宇佐( 大分県宇佐市 )の八幡宮の分霊として勧請したという
当時は、八丁四方の広大な社域を有したが、慶長の検地・町割、戦後の道路整備等で減少してきた
天正のころから広井八幡宮と呼ばれ、藩主を始め広く民衆の崇敬を集めた
七代藩主・宗春のころには、境内に芝居小屋も作られた
祭礼日は、神輿が傘鉾を従え、丸の内一丁目の白山社へ渡御し、山車も出たという 〜
“ つんぼ蛭子の話 ”
こちらは龍の頭?と言われてるらしき石
戦国時代から江戸時代初期に活躍した伊賀の忍者「 服部半蔵 」
“ 追儺福松明( ついなふくたいまつ )” を背にして、現代の服部半蔵とのツーショット
たまには私も成り切ります
※ こちらの追儺福松明は鬼やらいの名で親しまれる「 追儺(ついな)式 」で実際に鬼が儀式中に手にした松明の一つにあります
仙台に戻り次第、Nina Stone Clinic の入り口付近に祀る予定です
『 愛知縣護國神社 』
〜 織田信秀が天文七年(1537)京都北野より菅原道真公の木像を迎えこの地に遷座し、おまつりした
この境内には桜の大樹があり『 櫻天満宮 』といい、多くの人に親しまれてきたが明治維新神仏分離令の折り、「菅原神社」と敬称し明治三十五年菅公千年祭を祈念して『 菅原神社 』の社碑を建立した 〜
三種の神器のひとつ草薙の剣( 天叢雲剣 )を御神体として祀る神社で、伊勢神宮に次いで格式の高い神社であります
境内は名古屋市の市街地にありながら面積約9万平方メートルと広大で、その大部分は木々が鬱蒼と茂る森となっていることから “ 熱田の杜 ” とも呼ばれております
“ 大楠 ”
境内にある楠の木の中でも特に巨大で、推定樹齢が1000年以上と言われ、弘法大師が自らここに植えたと伝えられております
樹齢1000年の樹など滅多に見られるものではありません
もはや圧巻でした