【 そのゴールは何処に続いてるものなのか 】

“ ゴール ”

それは目標でもあり
その目標を達成したその先の最終体形に在ります
b0367250_23011327.jpg


さて、自分でキャッチしている “ ゴール ” が常に周囲から理解出来るものとは限りません


その感覚を一つの例に挙げるすれば

山の頂上の景色は、同じ山の頂上を登ったモノにしか分からないのと一緒なのではないのかな、と

( それ以前に同じ山に登ることに意識が向けていなければそれ以前のことですが )


ならば諦めるのか?
いや、諦められるものでもありません


せめて同じ山を登ろうとするモノに
少しでも安全に
安心して登れる回路を準備していたい
b0367250_23024014.jpg

それがたとえ多少遠まわりとなっても
一瞬でもわき道に逸れたとしても
同じ山の頂上に辿り着けば
そこで初めて “ ゴール ” の共有が出来るのだから


共有出来たらようやくそこが本当の “ ゴール ” となることを信じて、歩み続けられる自分で在りたいものですね






本日も最後までお読みくださり、大変光栄に感じます!
Cám ơn nhiều!



**** 杜の都・仙台在住 ****
整導石師( せいどうせきし )・柴田 日南

by ninastone | 2018-07-09 16:15 | わたしの中にある道徳