カテゴリ:旅日記( 133 )

【 いざ、蔵王近郊へ 】

今日もお一日詣りも兼ねて、とある神社へ出掛けて参りました


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私の場合は一旦、先ずはその空感を私なりに読み解きます
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その後にその中でも不自然と感じたバランスの石たちを直接触れていきます



どんなに人工的に造形されたものでも、私にとっては “ 石 ” に違いはありません
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( かと言ってやみくもに触れてるわけでもありませんが )



必要な場所で、必要としている石たちと出逢えば常に本来の状態へ戻すことに本能的に動いてる私がおります



石たちと戯れる時は表情も緩みますが、役割を全うする時は自然とキリッとなります
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善き一日でした
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有り難う御座いました




◆ 本日、訪れた神社


『 三住出雲神社( みすみいずもじんじゃ )』
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境内を流れる蔵王連峰の雪解け水の水音はそれはそれは見事なもので、この地域を流れる「 出口川 」の水源地がこちらです

〜 出口川の源は蔵王の大湧水 〜


昭和の開拓期と共に初代の方々が島根の出雲大社までご神体を分けに参り、神主不在というこちら三住の出雲神社
現在も地域の皆さんによって守られているとのことで、いかに大事にされてるのかが伺えます




『 蔵王権現( ざおうごんげん ) ※現在の蔵王刈田嶺神社( ざおうかったみねじんじゃ )』
里宮
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刈田嶺神社は、夏期は刈田岳山頂に鎮座されている “ 奥宮 ”、冬期は遠刈田温泉に鎮座されている “ 里宮 ”と季節によって遷座される珍しい神社に御座います



通称 “ 権現山 ” のハイキングコース「自由が丘公園遊歩道」と名付けられたこの散策路に入ると

『 愛宕神社 ( あたごじんじゃ )』
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『 湯神神社 ( ゆがみじんじゃ )』
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『 古峰神社( こばはらじんじゃ )』
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※ 蔵王連峰を見渡す展望台はこちらにて




『 日吉神社( ひよしじんじゃ )』
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こちらは平沢地区町内に現存する最古の木造建築物として極めて貴重とのこと
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本殿脇には、愛らしい “ 神猿( まさる )” という猿の石像が安置されており、日吉神社では猿が神の使いとされることから祀られております




『 水神社( すいじんじゃ )』
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ここは約400年も前に蔵王山が噴火したときから水が湧き出ており、江戸時代から平沢地区の人々の生活排水として活躍し続け、今も変らず使われているとのこと

そこの一角にあるこの湧き水は、町内でも汲みに来る人が多くいらっしゃるんだとか




『 だるま堂神社 』
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蔵王町平沢地区の象徴・高さも東日本一とも言われる、高さ50m、幹周り10mもある巨木 弥陀の杉( だるま杉 )
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道祖神を目の当たりにしたのは初めてです
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『 熊野神社 』
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境内にある御神木のイチョウは、江戸時代に落雷で焼失した株元から萌え出た若芽が成長したものと伝えられており、改めて命の強さと素晴らしさを感じさせられます




『 白鳥神社 ( しらとりじんじゃ )』
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こちらへ参拝される際には本殿の庇の裏も覗いてみてくださいね

そこには武将や白鳥、神木のケヤキに蛇藤など、色彩鮮やかな絵馬が奉納され、しばし私も魅入ってしまいました




『 坪沼八幡神社( つぼぬまはちまんじんじゃ )』
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約二ヶ月ぶりでしたが、何故か親近感を感じる神社の一つにあります

またゆっくりと参りたいと思います






本日も最後までお読みくださり、大変光栄に感じます!
Cám ơn nhiều!



**** 杜の都・仙台在住 ****
整導石師( せいどうせきし )・柴田 日南

by ninastone | 2018-04-01 21:20 | 旅日記

桜と柚子で有名な宮城県柴田町にやってきました

偶然にもこちらの柴田町の宣伝を一生懸命されている花のまちイメージキャラクター・はなみちゃんと巡り会えました
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〔名前〕はなみちゃん
〔誕生日〕平成24年7月7日
〔体重〕ゆず1ケース分
〔趣味〕散歩
〔自慢〕お気に入りの花のブレスレット
〔特技〕いつでも笑顔でいられること


お気に入りの花のブレスレットが自慢なんですね ^_^

私はこの生きた石たちで紡がれた羅針盤ともなる Nina Stone が自慢ですよ



『 船岡平和観音像 』
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船岡城址公園山頂に建立しており、遠く離れた場所からも見ることが出来る為、柴田町のシンボル的存在にお見受けしました

柴田町船岡出身の野口徳三郎氏が昭和50年10月に、亡妻シズ夫人の冥福と世の平和と安全の願いを込め、私財を投で建立されたとのこと



〜 その愛の形はまるでタージ・マハルのようですね 〜

ちなみにタージ・マハルを建てたのはムガール帝国第5代皇帝のシャー・ジャハーン
皇帝には、心から愛する妻・ムムターズ・マハルがおりました
だが、出産が原因でムムターズ妃が亡くなってしまい、その深い悲しみに暮れた皇帝は愛するムムターズ妃に霊廟を捧げようとタージ・マハルを建造
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タージ・マハルの完成には、なんと22年もの月日がかかったのだが、何よりもそれほどまでの愛に巡り合えることに感銘を受けます




船岡城址公園内で目に付いたこちらの岩ですが、もちろんこちらにも
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いつもの私龍のご挨拶を



場所こそは違えども、昨年と同様に
白梅や
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紅梅を
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今年も引き続き愛でられて本当によかった
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“ 春の訪れを告げる植物 ” ともいわれているネコヤナギにもご挨拶を





『 大高山神社( おおたかやまじんじゃ )』

「 さくら名所100選の地 」に選ばれた大河原町に位置する神社に御座います
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こちらでは珍しい鉄製の鳥居・鉄南蛮鳥居です
1801年に奉納されたもの
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本神社は、日本武尊と聖徳太子の父である橘豊日尊( 用明帝 )を主祭神として祀る社で、敏達天皇が即位した敏達元年( 571年 )に創建されたといわれております

大高山神社の白鳥伝承も大変興味深いものがありました





『 金蛇水神社( かなへびすいじんじゃ )』
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私にとっては…ですが、不思議と一度も快晴な中で参拝したことが無い神社・金蛇水神社



今日の目的は一つ
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境内に鎮座されてる蛇石たちに私龍のご挨拶を
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こちらでは ‘ くまなく ’ しっかりと


蛇石にお財布を撫でてる方もおりましたが…
人は人
自分は自分

とにかく私は “ 石を本来の状態に戻すこと ” に専念致します


こちらの「 御霊池 」という湧水のある池ではかつて七色の水が湧いていた、とされその湧水を用いて神意を占っていたのだそう
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七色の水が湧いていたのも遥か昔の話でしょうか?

私は近付けませんでしたが



あ!
ただしこちらの甘酒は美味しかったです!
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甘さ控えめで
大変美味しゅうございました





『 道祖神社( どうそじんじゃ )』
『 佐倍乃神社( さえのじんじゃ )』
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一ヶ所だけ私龍のご挨拶をし、拝殿に向かって右手にあるタラヨウの木に目が行きました

いや、どちらかと言えばその奥にある竹林の素晴らしさに心惹かれましたね…
感無量


とはいえ佐倍乃神社の木は、北限地帯のタラヨウの巨木として大変珍しい貴重なものとのこと
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互いに良い共存が出来てる証しに思います





『 熊野那智神社里宮( くまのなちじんじゃさとみや )』
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私龍のご挨拶をさせていただきました




帰り道では不思議とまゆ玉のような曇が
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今日もだいぶエネルギーを使いました
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人間という肉体を持った以上は私も食べないとなりません


アメジストも虹を出して大喜びです!






本日も最後までお読みくださり、大変光栄に感じます!
Cám ơn nhiều!



**** 杜の都・仙台在住 ****
整導石師( せいどうせきし )・柴田 日南

by ninastone | 2018-03-18 21:00 | 旅日記

【 長徳寺蘇民祭 】

今日は夫が参加宣言していました、奇祭 “ 長徳寺蘇民祭 ” に夫婦で岩手県一関市藤沢町保呂羽(ほろわ)へ出掛けて参りました



〜 今年で124年の歴史ある不動明王御縁日の蘇民祭にあります
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五穀豊穣・商売繁盛・家内安全・諸災難消除の大祈祷法要を修行いたします 〜
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さて、早朝に集合し、夫は褌一丁に足袋を履き準備は万端
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( ブルーシートで囲われている場所の中で皆さん一斉に着替えておりました )



さあ、渋谷住職による安全祈願でいよいよ開始
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邪正 (ジャッショー!)
常屋作 (ジョヤサー!)
と一人一人が掛け声をかけながら順に川の水を被り体を清めていきます


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〜 水垢離と不動堂参拝を三度繰り返します 〜
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柴燈木登( ひたきのぼり )

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鐘の合図で行列をつくり腰をかがめて、「 イヨーイヨー 」の掛け声で、柴・たきつけ・ごま殻・塩をもって進みます


井桁に組まれたマツに火が付けられると、途端に男衆がその上によじ登って気勢を上げていました
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『 鬼子登り 』

邪正!

ジョヤサー!



『 護摩祈祷 』
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本堂の白布が外され、まずは小間木をバラまき始めました!
会場の皆さんも小間木をゲットするのに必死です
もちろん私もですが



さあ、最後に袋争奪戦で締めです
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水をかけられる場面はいつ見ても迫力満点!
皆さんの身体からは湯気が出てます



蘇民袋をネジリあったまま、傾斜のきつい山門の階段を一段、また一段と降りて行きます
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細くてきつい傾斜をもみ合いながら降りていき、折れ曲がった急な坂を降りたところで最終地点を目指します


夫と今回一緒に参加した大沼さんは共に参加者に配られる木札を手にしての
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満足な表情でポーズを


世話人に肩をたたかれ一人、また一人と外されていき、一番の取り主が決定
二番の取り主との抱擁の姿は熱き戦いの後の友愛すらも感じさせるものがありました
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本当におめでとう御座います!



ユネスコ無形文化遺産登録を目指す蘇民祭
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この地区も高齢化、過疎化が進む地区ですが、老若男女が集い、地域を盛り上げています



振る舞われたお弁当も大変美味しゅう御座いました ^_^
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準備された関係者の皆様、お持て成しの対応頂き、有り難う御座いました






本日も最後までお読みくださり、大変光栄に感じます!
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**** 杜の都・仙台在住 ****
整導石師( せいどうせきし )・柴田 日南

by ninastone | 2018-03-04 21:00 | 旅日記

今日は思い切って次世代を担う二人と私を入れた三人で船の旅に出かけることにしました



奈々海さんの船酔いは大丈夫かしら?と心配こそはありましたが、先ずは案ずるより産むが易し



海の玄関口マリンゲート塩釜へ

浦戸諸島への船便が午後塩釜港を出航し松島湾までの島々を巡るコースを先に楽しむことにしました

湾内を50分の船旅でゆったりと愉しむ島、仁王島、鐘島、千貫島、雄島、双子島、と松島の島巡り

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久方ぶりの船の旅です



幾千年の歳月をかけ自然現象や浸食により仁王像を思わせる松島湾の名勝「 仁王島 」
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この島も侵食が進んでいて、首がとれてしまいかなり分かりやすく補強工事がされておりました


松島湾の中央に位置し、大波が打ち寄せると鐘を打ったように音が聞こえる「 鐘島 」
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※ うみねこへの餌やりは、いまは禁止されていますのでご注意ください

それにしてもガイドのアナウンスがなかなかユニークなものでした




松島港に到着し、徒歩で松島海岸駅へ
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仙石線に乗り、再び本塩釜駅を目指します
〜 おにぎりとカツサンドを片手に 〜




そして再び塩釜港へ向かい、浦戸諸島行の汽船で先に寒風沢( さぶさわ )を目指すことにしました
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寒風沢島
人口約170人
面積:1.45平方キロメートル 周囲13.5km
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港周辺は津波被害の跡がまだ残っております

石碑が並んでいる周辺も復旧工事中



一度に無理なのは致し方ないことにあります
野生のタヌキが私たちを出迎えてくれました
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ならば、せめて私龍のご挨拶だけでも
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きっと人々もそう滅多に足を運ぶことも少ないであろうこちらの『 船入島弁財天大神社、船入島龍神大権現社 』

地植えされた姫榊がとても元気にそびえているのがかなり印象に残りました

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砲台場跡の案内板には次のように記載されております


“ 慶應3年( 1867年 )、仙台藩では寒風沢港を海防上最も重要な地点として、寒風沢、石浜水道がよく俯瞰できるこの地に砲台を築造した

「 加農砲 」三門を据え、弾薬庫、見張所を備え、また沖砲台として船入島には鉄の巨大砲二門を置き、別に石浜崎黒森に一門を据え、藩より大砲方士卒五十人余りが、寺院松林庵に駐屯して警備にあたった ”




次なる目的地は野々島へ

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島の間を結ぶ渡船は誰でも無料で利用可能ですので、手にしていた島の案内マップで記載されている携帯番号に電話をし、お願いしました




野々島到着
猫アレルギーな私なのに⁈
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島の猫たちはとても人懐こく、とても温かくお出迎えをしてくれました


野々島
人口約100人
面積: 0.56平方キロメートル 周囲8.9km


津波被害が甚大だったんですね
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港周辺の集落の一部には家屋があったと思われる基礎が残っており、間取りがとても鮮明に残されたままにありました



『 熊野神社 』
大己貴命 ( おおなむじ )が祀られております

一見普通の神社に見えますが裏側に回ると小さなキリシタン仏があり、禁教令が出されていた時代に隠れキリシタンたちが拝んでいたとされております

本殿に隣接した鐘楼を私たち三人、それぞれで鳴らしました

音霊ですから
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他にも野々島には至る所に「 ボラ 」と呼ばれる洞穴があります

過去に防空壕や倉庫などに使用されたという話があるようで、その時期などの詳しい情報は得られていないんだとか
とはいえ、今でも民家の倉庫や漁具の資材置き場として重宝されてる様子




時間の都合上、ラストは桂島へ
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ここでも渡船をお願いしょうと書かれている携帯番号にかけてみたところ、丁度側に居たという何ともコントのようなパターンに

とても元気な方で、次に野々島に来る時は声掛けてねと言ってくださいました ^_^



桂島
人口 約300人
面積: 0.76平方キロメートル 周囲6.8km
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浦戸諸島の中で一番本土に近く、船で20分ほどで行ける離島にあります



『 石浜神社 』
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中はかなり荒れてはいましたが、祭神は木花咲耶姫売命( このはなさくやひめのみこと )・花園法王( はなぞのほうおう )・聖徳太子 ( しょうとくたいし )の三柱として祀られております


こちらでも本殿に隣接して鐘楼がありました
もちろんこちらでも音霊を

何より最初に驚いたのが、こちらの波型手すりがあったことにあります
登りでは取っ手としての機能
降りる時は杖としての機能
この両方の機能が掛け合わせらた人間工学に基づいてデザインされたもの




さて、そろそろ戻るとしますか
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少しだけ待合室にて休憩をとりました

こちらでは乗船用のチケット売り場がないですが,帰りのチケットは船内で購入し、無事帰りました




今回の船の旅が少しでも若き二人にとって、後に繋がるものとなりますように

私もいずれは先人という立場になる身
だからこそ尚更感じるものがあります


何を残せるか、をです

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夜はこちらで


ん?
田ぬき?

野生のタヌキと出会ったばかりなのに、面白いものですね






本日も最後までお読みくださり、大変光栄に感じます!
Cám ơn nhiều!



**** 杜の都・仙台在住 ****
整導石師( せいどうせきし )・柴田 日南

by ninastone | 2018-02-23 19:55 | 旅日記

昨日も数カ所ほど神社巡りへ


『 生出森八幡神社( おいでもりはちまんじんじゃ )』
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社殿は仙台市の登録文化財として

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社殿前には神楽殿があり, 例祭にここで演じられる生出森神楽は名取市熊野堂神楽の明治24年頃の直伝のもの

仙台市指定無形民俗文化財でもあります


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ちなみに手水場の水はすっかりカチコチに凍結しておりました






『 坪沼八幡神社( つぼぬまはちまんじんじゃ )』
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元々は古墳だった所に、当時陸奥( 東北 )地方一帯に勢力をふるっていた大豪族
安倍氏が根添城を築いていたおりましたが、1056年の前九年の役の時、安倍氏と源義家がこの地で激戦を行い、 この地の安倍氏は滅亡し、この時に征夷大将軍となったのが源頼義なのであります

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また、石清水八幡宮の御分霊をお祀りしており、仙台の八幡神を祀る神社としてはこちらが一番古い神社とのこと

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歴史を感じさせる拝殿で、周囲は日本古来の里山としても知られており、また夏にはホタルの名所として多くの人々から愛されております
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神功皇后( じんぐうこうごう )〜息長帯比賣命(おきながたらしひめのみこと)〜

“ 古事記 ”や“ 日本書紀 ”に記されている第14代天皇でもあります夫の仲哀天皇( ちゅうあいてんのう )が急死し、その後お腹に子供( ※のちの応神天皇 )を妊娠したまま朝鮮半島に出兵して三韓征伐を行ったというなんとも気迫に満ちた皇后です
その後 “ 日本書紀 ”などによれば、神功元年から神功69年まで政事を執り行なったとのこと

後に神功皇后は母神として、子供の守護或いは良縁に関わる信仰が厚く広く、親しまれるようになりました



境内には立派な鐘楼( しょうろう )があります
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戦時中に拠出した一代目を昭和年復元した二代目の鐘で、歳の数を鳴らすと厄除けとなるとのこと
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ただ、さすがに40数回と鳴らすのもなと思い適度な回数分鳴らして参りました


子宝石、細石…
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あと一つの石は何を役割としてるのかを聞いてはみたものの、ご存知無いとのこと


どんな石であれ、そこに御利益を乗せているのは人間側の都合


しっかりと私龍のご挨拶をさせていただきます




帰り道にはラーメンをいただきました
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やはり生まれ持った肉体は人間側に在りますので、ここで口から食せることに感謝を込めて

いただきます!





そう
何故、最近になって私自身が神社巡りばかりしてるのか


それはその土地にある歴史に触れられることと、人間の動線を視るためにもあります



詳しくは
いつか綴れたらなと思います






本日も最後までお読みくださり、大変光栄に感じます!
Cám ơn nhiều!



**** 杜の都・仙台在住 ****
整導石師( せいどうせきし )・柴田 日南

by ninastone | 2018-02-19 20:30 | 旅日記

  • ここからは後編です




    『 豊烈神社( ほうれつじんじゃ )』
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    藩祖忠元、中祖忠邦、戊辰戦争犠牲者で山形を兵火の惨害から救った最後の山形藩主家老水野元宣等を祭神として祀っております
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    こちらで有名なのは、例大祭の古式打毬( こしきだきゅう )で現在では宮内庁と八戸とここに残ってるのみ

    伝統文化を継承の素晴らしさを感じますね





    『 歌縣稲荷神社( うたかけいなりじんじゃ )』
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    社伝によると、山形城主・斯波兼頼公が山形城の守り神として城内に建立したのが始まり

    城主や城下の人々が、短冊に歌を書いて神社に奉納する風習があり、歌を詠まないものは渡らせない橋も付近にあったところから歌懸の名が残ったと伝えられております

    なんて粋な計らい
    そう感じさせますね

    やはり誰もがというのはどの時代におきましても、大切なことにあるのかなと感じました




    さて、そろそろ高速バスで仙台へと帰ります
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    今日の山形市入りはかなり弾丸ではありましたが、これもまた毎度な話し


    弾丸でいて尚且つ珍道な旅は手馴れたものとなりました

    次回はどのようにチョイスをして行こうかが楽しみです!











本日も最後までお読みくださり、大変光栄に感じます!
Cám ơn nhiều!



**** 杜の都・仙台在住 ****
整導石師( せいどうせきし )・柴田 日南

by ninastone | 2018-02-15 23:45 | 旅日記

今日は山形へバスで向かうことに
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無事、山形に到着し、最初に目についたのがこちら

物凄く分かりやすい観光マップに感心し、しばらく見入ってしまいました


長々と説明文を記すことも確かに大切なことではありますが、これもまたケースバイケースかなと思います





『 山形縣護国神社( やまがたけんごこくじんじゃ )』
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明治2( 1869 )年に戊辰戦争の犠牲者を祀ったのがはじまりとされ、それ以降は数々の戦争( 戊辰戦争、西南戦争、日清・日露・日独戦争、満州事変から大東亜戦争まで )で犠牲となった英霊約4万柱を祀っております

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狛犬は山形鋳物の青銅製で、鋳物の狛犬としては、日本一の大きさと言われております


そっと
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私龍のご挨拶も





  • 『 出羽国分寺薬師堂 ( でわこくぶんじやくしどう )』
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    明治44年 ( 1911 ) 5月8日、市北大火によって薬師堂は焼失しましたので、現在の本堂は、旧・宝幢寺 ( 現・もみじ公園 ) の本堂を移建したものとのこと

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    〜 だからなのでしょうか 〜

    消失した同日でもあります5月8日にちなんで、毎年5月8日から10日の祭礼には全国各地から植木商人が参集し、全国3大植木市のひとつに数えられる薬師まつり植木市はもちろんのこと、護摩祈祷や大般若転読会、花まつりなどがあわせて開催されているのは





    『 尾萬稲荷神社 ( おまんいなりじんじゃ )』
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    伝説によりますと、小さい尾萬神社が明治時代に馬見ヶ崎川の大洪水の際流され、神社の地域の小数の方々が建立されたのが、今の大きな尾萬神社( 明治39年 )とのこと





    『 熊野神社 ( くまのじんじゃ )』
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    由緒
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    創建は初代山形城主・斯波兼頼が延文3年( 1358 )が行蔵院道覚に命じ、紀州熊野大権現を勧請させ、城内に祭祀した事にはじまります
    明治4年には熊野神社と改称し、このとき行蔵院は神職となりました
    明治12年村社に列し、昭和13年内務大臣より県社に列格の上、神饌幣帛料供進指定神社に列せられて、終戦後は宗教法人として現在に至っております
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    ※ 個人的には御神木の補強のあり方がとても痛々しく見えました





    『 里之宮湯殿山神社 ( さとのみやゆどのさんじんじゃ )』
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    こちらでも明治44年の大火で焼失しており、拝殿が再建されたのは昭和になってからで、昭和56年頃に現在の地に移転されたとのこと
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    末社の市神神社・通称えびす様や「 願い牛 」も


    特に目を引いたのがこちら
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    石の前で手を合わせ願い事を祈願し、その願いに見合う重さを想像して持ち上げ、その重さが想像より軽ければ願いが叶うとされる「 おもかる石 」

    私ももちろん試してみましたが、いつも石と共に過ごしているからなのか軽々と持ち上げてしまいました

    とはいえ、やはり嬉しいものです

    人間って単純な生き物ですからね ^_^
    本来は


    さて
    後編へとつづきます











本日も最後までお読みくださり、大変光栄に感じます!
Cám ơn nhiều!



**** 杜の都・仙台在住 ****
整導石師( せいどうせきし )・柴田 日南

by ninastone | 2018-02-15 23:20 | 旅日記

静岡も今日で最終日
思えばあっという間の4泊5日の静岡の旅

長女の奮闘する姿をこの目で見れてよかったなと感じられた旅でもあります




最終日もせっかくだからと神社巡りへ
何事もご縁があれば必ずや辿り着けますから


ふと目に入ったのがこちらの案内板
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まさかこちらが静岡浅間神社の裏山でハイキングコースだとはつい知らず
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観音様の案内が消え、いつの間にかハイキングコース真っ只中


救世観音にようやく会えました!
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参拝させていただきましたが…
まさかの賤機山の山頂です
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( こちらの救世観音像ですか、静岡市の大空襲で多くの人々が亡くなられ、慰霊のためのものです )


神社を目指したまではよかったのですが、気付けばハイキングコースへ導かれてしまいました




『 静岡浅間神社 ( しずおかせんげんじんじゃ )』
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それぞれ独立してる

・神部神社
大己貴命 
( おおなむちのみこと ) 
~宝預ける福の神

・浅間神社
木之花咲耶姫命 
( このはなのさくやひめのみこと )
〜良縁安産子授けの神
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・大歳御祖神社
大歳御祖命
( おおとしみおやのみこと )
〜殖産興業守る神
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こちらの三社の総称で静岡浅間神社なのだそう



境内社では

・麓山神社( はやまじんじゃ )
~麓山木の神恵みの神で人のしあわせ招く神
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・少彦名神社( すくなひこなじんじゃ )
~医薬の神で技芸上達知恵の神
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・八千戈神社 ( やちほこじんじゃ )
人の運勢開く神
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・玉鉾神社( たまぼこじんじゃ )
学問の神だから試験合格を祈る神
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も御座います



国の重要文化財に26棟が指定されているとのことですが、もはや圧巻でした
「 東海の日光 」とも称されてるのも納得です





『 静岡天満宮 ( しずおかてんまんぐう )』
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主に学問の神「 菅原道真公( すがわらみちざねこう )」を御祭神に祀っております
〜 学業成就祈願の季節には多くの受験生で賑わうのでしょうね 〜
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しかし後から調べてみると、どうやら“ 石 ”と深い関わりを持つ神社ということも分かりました


[ 天神信仰の原点 ]

 静岡天満宮は昔、川中天神と呼ばれていた。まだ安倍川の経路が定まらなかった頃、流れの中にひときわ目立つ石があった。それが天の神の降臨する所として祀られるあいだに、いつしか川中天神と呼ばれるようになった。静岡天満宮が鎮座する呉服町の地下には、大きな天神様の形をした石が埋まっているという伝説もある。これが天満宮の境内に大切に伝えられてきたことは、神社の出発点が石と深い関係を持っていたことを物語っている。
 古代の人は、人間の生活を守り、豊かな稔りをもたらすものはすべて神の力であると信じていた。目に見えない神は巨石・巨木・山・岬などに宿ると考え、そこで祭りを行った。こうした神が天の神すなわち天神様だった。天神信仰は、本来漠然とした自然崇拝そのものに発している。
 ところが、平安時代、学者としても名高かった菅原道真公が藤原氏の陰謀によって九州にながされ、そこで寂しく亡くなるという事件が起こった。まもなく京都の御所に落雷があると、これこそ怨みをのんで死んだ菅公の霊の仕業に違いないと当時の人々は考え、雷すなわち 天の神=天神として菅公を祀り、その霊を慰めようとした。やがて全国にある無数の天神社もこの影響を受け、菅公を御祭神として祀り始めた。静岡天満宮もそうして平安時代末には、今日のように菅原道真公を御祭神として崇めたと伝えられる。
 日本の神社信仰の流れは、素朴な自然崇拝が具体的な祭神と結びつき、やがて立派な社殿へと発展していく。静岡天満宮の出発点とされる石伝説は、日本の天神信仰の原点を示すものといってよいであろう。


※ 静岡天満宮HPより転載





さて、そろそろ静岡駅に向かうとしますか


ランチはギリギリな時間にこちらの 『 自然薯姫レディース御膳 』をチョイス
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とろろ汁は「 家康公の愛した山の万能薬 」なのだそう

もちろん大変美味しゅうございました


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今回は最後の最後まで家康公の歴史に触れた静岡の旅でした






  • 本日も最後までお読みくださり、大変光栄に感じます!
    Cám ơn nhiều!



    **** 杜の都・仙台在住 ****
    整導石師( せいどうせきし )・柴田 日南

by ninastone | 2018-02-12 23:45 | 旅日記

今日は長女の同僚が車を出してくれるとのことで、本当に有り難いなと思いながら移動しました



『 久能山東照宮 ( くのうざんとうしょうぐう )』
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徳川家康公の遺体が埋葬されていた場所で、「 東照大権現 」という神として祀られております

久能山は、日本平と駿河湾に挟まれた標高216mの小高い山
家康はこの上なくこの山を愛していたそうで、遺言によってこの久能山に埋葬されました



下から1159段もの階段を登って参拝するコースとロープウェイで移動するコース
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[ 日本平ロープウェイは日本平駅と久能山駅間約1キロ5分間の乗車時間です ]


〜 時間の都合上、ロープウェイで移動することに 〜


ちなみに、久能山東照宮にいる巫女や神官はロープウェイに乗らず毎朝麓から1159段の階段を上ってるとのこと
早い人は十数分で駆け上がって行かれるとは驚きです



シンプルな手水場を通ると東照宮入り口の「 樓門 ( ろうもん )」は元和3年( 1617年 )に建てられた3間1戸の8脚樓門です
樓門前にある狛犬宮内を向いております

家康公御手形は、久能山東照宮の樓門を入ってすぐの軒下のような場所にあります
“ 身長155センチ、体重60キロ ”
小柄なお方だったご様子
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久能山東照宮の建物は、全部で14棟もの建物が国の重要文化財に登録
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唐門、東門、廟門、玉垣、渡廊の他、徳川家康公が埋葬されております廟所宝塔まで、多くの建物が重要文化財として全体を見ても、国の史跡になるほど歴史的にも大変貴重な場所に在ります

鳥居横の「 家康の梅 」も7〜8部咲き
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この時期に愛でられるとは大変光栄に思います ^_^



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神廟

家康公は元和2年 ( 1616 ) に死去したのち久能山の廟所へ埋葬され、翌元和3年 ( 1617 ) 日光の奥の院に安置したとされております

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また、家康公のお墓の右側奥には、愛馬のお墓もあります
家康公の死後、この愛馬は毎夜毎夜自分の馬小屋を抜け出して、家康公のお墓まで来てしまったそうです

よほど固い絆で結ばれていたのでしょうか


こちらでご挨拶も兼ねて、ティンシヤの音霊を
すると一気に空間にも変化が


長女の同僚でさえもその違いは分かったようです
この体感は大きかったと思います

本人はかなり驚いておりましたが ^_^





『 お食事処・羽衣 』
〜 茶そば定食 〜
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茶そば & 桜えびのかき揚げ & 生しらすという豪華な内容
桜えびと生しらすがこちらの名物らしく、静岡を堪能させていただきました

桜えびのかき揚げ
大変美味しゅうございました





『 御穂神社 ( みほじんじゃ )』
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三保の松原の「 羽衣の松 」に関係する神社としても知られていて、また、航海安全・大漁守護神として祀られております



境内南側にある「 神の道 」
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その先には世界文化資産「 富士山 」構成資産の一つ「 三保の松原 」へと続いてもおります





『 三保松原 』
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平安時代から親しまれている景勝地で、駿河湾から突き出た三保半島の海岸線に沿って7kmにわたり5万4千本のクロマツが茂る松原にあります


〜 その美しさから日本新三景、日本三大松原のひとつとされ、国の名勝に指定 〜

〜 平成25年 ( 2013 ) 6月、ユネスコの世界文化遺産「 富士山-信仰の対象と芸術の源泉 」の構成資産に登録 〜


青い海原と緑の松原を前に壮大な富士山を望む景色は日本の原風景そのものにもみえます
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長女の持っていたシトリンとルチルクォーツ
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私龍のご挨拶をさせていただきました


本当に素晴らしいひと時をこちらで過ごすことが出来ました
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この導きの全てに感謝を込めて


長女が静岡にいる理由に
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ただただ、感謝しかありません






本日も最後までお読みくださり、大変光栄に感じます!
Cám ơn nhiều!



**** 杜の都・仙台在住 ****
整導石師( せいどうせきし )・柴田 日南


by ninastone | 2018-02-11 23:45 | 旅日記

伊豆高原にある大室山
ここのところずっと気になっておりました



せっかくこうして静岡に来てるので、思い切って伊豆の踊り子号で向かうことに
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熱海を通る時、何処か懐かしさを感じます
温かい波動は前回通った時と変わらずにおります



伊豆高原駅に到着
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改札口を出ると、そこには見事な雛飾りが堂々と飾られておりました
とても艶やかな歓迎ぶりに心から訪れて良かったなと感じました





大室山に訪れる前にきちんとご挨拶せねばならない場所があります

『 ロロシトア 』
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フェアトレードの商品やオーガニックの商品など、地球と世界と人に優しくステキな空間に満ち溢れたお店です
地元の子どもたちのサッカーチームの支援もされております

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まさに先々の未来に何を残せるのか、を考えていらっしゃる空間だと私は思います


今回のロロシトアでのショッピングは、5本指靴下( メンズ用 )と、ティンシャを購入
・何故、メンズなの?
答え…私の足がメンズ並みのサイズだから
・ティンシヤ?
答え…Nina Stone Clinic に置いてあるティンシヤの音が破れてしまったから


あや乃さんとも久方ぶりにお会いも出来ましたので、大変有り難い時間だなと思いました





そしていよいよ大室山へ
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国の天然記念物に指定されている大室山は海抜580メートル、最も新しい噴火山で約5,000年前の活動と推測されております

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山全体がカヤに覆われており、お椀を伏せたような形をした山で、山頂まではリフトで登ることができます

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直径300mの噴火口を周回するお鉢めぐりは、360°の大パノラマのハイキングコース




体感こそが自分へのメッセージだと感じてますので、こちらでも岩たちへ私龍のご挨拶をさせていただきました
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なんとも不思議な温かさに感じました

【 大室山と富士山は祀っている神様が姉妹で、大室山は「 富士山の姉山 」とも呼ばれております
大室山の山頂で富士山を褒めると大室山の神様がすねて天気が急に悪くなるらしい、とも 】





神祇大社( じんきたいしゃ )
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天神地祇天照大神を始め天神・地祇・八百萬神神祇とは、八百萬の神々のことを表し、ここはすべての神様がいらっしゃいます



「 縁起石 」
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境内には祈念された60の象形文字の石があって踏むとご利益があるのだそう
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※ 実はこの時、全くその意味を分からずにただただ写真を撮るばかりの私でした
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次回はもっと時間にゆとりを持って参拝に伺いたいものです
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神社といえば、比較的よく見かけるのが境内の中に小さなお社がいくつもあるという形式ではありますが、こちらのように一つの祭殿に八百万の神全てが祀られているというのはかなり珍しいなと感じました

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高台にある神社ですので境内から海を見渡せる眺めの良いロケーション

その上、ペットとお参りができる神社でもあります
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全てを足し算に無限にあらわすとこちらのような神社なるのかな?とも感じました





さて、もう日も暮れそうなので静岡市に戻るとしますか

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夜は長女と長女の同僚たちと肉祭り ^_^


だいぶエネルギーを使いましたので、大変有り難い御馳走です!
大変美味しゅうございました!






本日も最後までお読みくださり、大変光栄に感じます!
Cám ơn nhiều!



**** 杜の都・仙台在住 ****
整導石師( せいどうせきし )・柴田 日南線

by ninastone | 2018-02-10 23:45 | 旅日記